{"title":"仮想空間でアバターを用いた原子力災害対応シミュレーションソフトによるweb実習(Web–based training using simulation software for nuclear disaster response with avatars in a virtual space)","authors":"井山 慶大, 長谷川 有史","doi":"10.1002/jja2.12847","DOIUrl":null,"url":null,"abstract":"原子力災害を始めとする特殊災害への従事意図は低いことが著者らの先行研究で示されており,その人材確保は喫緊の課題である 1。特殊災害への従事を避ける理由として,自信のなさが影響している 2。そのため安定した人材確保に向け,自信をもって活動できるよう十分な教育が必要である 1, 3, 4。 世界でも代表的な原子力災害の一つである福島第一原子力発電所事故(福島事故)から10年以上が経過し,全国的にもその認識は過去のものとなりつつある。そのため,福島事故の経験や教訓を後世に正しく伝承し,自信をもって災害対応ができる人材の育成は,本邦のみならず世界的にも重要な使命である。そこで我々は,福島事故の経験や教訓を活かした救急・災害対応セミナーを多数開催してきたが,COVID–19の影響で対面式での教育・訓練が実施不可能となった。その結果,特殊災害対応者に,災害活動への自信を備えさせる教育の場が失われてしまった。 上述の経緯から,我々は救急・災害対応訓練が行えるシミュレーションソフトを開発し,ソフト内で自身のアバターを操作することで,web上で訓練を行える教育方法の開発に着手した。 本研究の目的は従事意図の低い特殊災害において,従事者の十分な人材確保を最終目的とし,“活動への自信”を身につける教育を提供するとともに,物理的距離の離れた場所でも一様に受講可能なシミュレーション教育として提供することを目指す。そのため,本研究では救急・災害対応訓練のシミュレーションソフトを開発し,その訓練内容について検討した。 本稿は福島県立医科大学倫理委員会の承認のもと行われた研究である(承認番号:2021–236)。また本稿では個人が特定不可能なように情報を匿名化して用いた。 福島・長崎の共同大学院災害・被ばく医療科学共同専攻(修士課程)の学生9名を対象に,座学で特殊災害の初期対応について講義を行った後,我々が開発した3D(3–dimention)版シミュレーションソフト(Kawauchi Legends 3D)と,VR(virtual reality)版シミュレーションソフト(Kawauchi Legends VR)を用いた実習を行った。3D版では自身のアバターをPC上の仮想空間で操作し,web会議ツールを併用して災害時の原則(CSCATTT)に準じた演習を行った。VR版ではヘッドセットを装着し,コントローラーを操作してメタバース上の原子力発電所構内で傷病者の対応を行う実習を実施した(Fig. 1a–c)。 Web–based training using simulation software. a: The practical training using 3D version software with web meeting application. b: The practical training with VR version software. c: Player’s view during the training with VR version software. 実習後に3D版VR版それぞれの操作性や学習できる内容についてアンケート調査を行った。ソフトに関するアンケート設問に対して,それぞれどの程度そう思うかを10点=とてもそう思う,1点=全くそう思わない,の10段階で回答を得た。アンケート結果から記述統計を行い,シミュレーションソフトを用いた教育における現状について検討した。 3D版およびVR版シミュレーションソフトを操作した感想について,両者の操作はともに比較的容易であり,web実習の満足度も比較的高かった(Table 1)。一方で,実習がこれまでの対面で行う机上演習や実動訓練に代替されるかという問に対しては,一部代替可能だが完全ではないことが明らかとなった(Q1–4, Q1–5, Q2–4, Q2–5)。3D版,VR版ともに知識や技術が備わったと実感しており(Q1–3, Q2–3),楽しみながら学習することができ,満足度の高いweb実習であった(Q1–2, Q1–6, Q2–2, Q2–6)。 3D版とVR版では学習できる内容についてそれぞれ一長一短があり,両者を使い分けることで効率的に学ぶことができると考えられる。学習において“楽しい”と思えることは重要であり,今回の実習では3D版,VR版ともに楽しさを実感し,実習の満足度も高かった。しかし,実際の机上演習や実動訓練をすべてこのweb実習で代替できるわけではなく,web実習の限界も明らかになった。資機材準備の労力や使用方法(テント設営など)の実技上のコツと課題をwebで体験することは難しく,それらは対面式の訓練に代替する手段がないのが現状である。一方で,原子力発電所構内のように環境放射線量が高く,薄暗くて狭い特殊な環境での訓練は,健康・安全管理の面から対面式訓練の実現は困難である。そのような特殊環境での活動を事前にVR版を用いて疑似体験しておくことで,実際に発災した際の活動を円滑化できる可能性があると考えられる。今回は大学院生という基礎知識や意欲の比較的高い集団が対象であったが,今後は対象を原子力災害拠点病院などの医療従事者に拡大し,セミナー数と参加者数の双方を増加させることでより客観性の高い評価を行い,それを実習内容に反映することで満足度と達成度の双方を担保した質の高い教育機会を提供していきたい。また,代替可能な訓練をweb実習化し対面前に履修することで,対面実習の質・時間の効率化・最適化を図っていきたい。 3D版,VR版原子力災害対応訓練用シミュレーションソフトを対面実習と併用することで,対面実習では経験不可能な環境における活動の疑似体験が可能となった。本ソフトにより多くの災害対応者が特殊災害に対する“活動への自信”を備えるきっかけになる可能性がある。 長谷川は大学等の「復興知」を活用した人材育成基盤構築事業(2020~2022年度)およびふくしま国際医療科学センター拠点プロジェクト研究費(2022年度)より,井山は丸茂救急医学振興財団より支援を受け,本ソフトウエアの開発と運用を行った。 本事業の実務に参画いただいている福島県立医科大学の内藤和樹氏,朝倉ハルミ氏,Elena Ryzhii氏に紙面を借りて感謝申し上げたい。また読者の皆様に本ソフトを安全かつ簡便に御利用いただけるよう現在ソフトの改良を進めている。ご興味をお持ちいただいた先生方は責任著者に御連絡いただけると幸いである。","PeriodicalId":19447,"journal":{"name":"Nihon Kyukyu Igakukai Zasshi","volume":"26 1","pages":"0"},"PeriodicalIF":0.0000,"publicationDate":"2023-10-01","publicationTypes":"Journal Article","fieldsOfStudy":null,"isOpenAccess":false,"openAccessPdf":"","citationCount":"0","resultStr":null,"platform":"Semanticscholar","paperid":null,"PeriodicalName":"Nihon Kyukyu Igakukai Zasshi","FirstCategoryId":"1085","ListUrlMain":"https://doi.org/10.1002/jja2.12847","RegionNum":0,"RegionCategory":null,"ArticlePicture":[],"TitleCN":null,"AbstractTextCN":null,"PMCID":null,"EPubDate":"","PubModel":"","JCR":"","JCRName":"","Score":null,"Total":0}
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Abstract
原子力災害を始めとする特殊災害への従事意図は低いことが著者らの先行研究で示されており,その人材確保は喫緊の課題である 1。特殊災害への従事を避ける理由として,自信のなさが影響している 2。そのため安定した人材確保に向け,自信をもって活動できるよう十分な教育が必要である 1, 3, 4。 世界でも代表的な原子力災害の一つである福島第一原子力発電所事故(福島事故)から10年以上が経過し,全国的にもその認識は過去のものとなりつつある。そのため,福島事故の経験や教訓を後世に正しく伝承し,自信をもって災害対応ができる人材の育成は,本邦のみならず世界的にも重要な使命である。そこで我々は,福島事故の経験や教訓を活かした救急・災害対応セミナーを多数開催してきたが,COVID–19の影響で対面式での教育・訓練が実施不可能となった。その結果,特殊災害対応者に,災害活動への自信を備えさせる教育の場が失われてしまった。 上述の経緯から,我々は救急・災害対応訓練が行えるシミュレーションソフトを開発し,ソフト内で自身のアバターを操作することで,web上で訓練を行える教育方法の開発に着手した。 本研究の目的は従事意図の低い特殊災害において,従事者の十分な人材確保を最終目的とし,“活動への自信”を身につける教育を提供するとともに,物理的距離の離れた場所でも一様に受講可能なシミュレーション教育として提供することを目指す。そのため,本研究では救急・災害対応訓練のシミュレーションソフトを開発し,その訓練内容について検討した。 本稿は福島県立医科大学倫理委員会の承認のもと行われた研究である(承認番号:2021–236)。また本稿では個人が特定不可能なように情報を匿名化して用いた。 福島・長崎の共同大学院災害・被ばく医療科学共同専攻(修士課程)の学生9名を対象に,座学で特殊災害の初期対応について講義を行った後,我々が開発した3D(3–dimention)版シミュレーションソフト(Kawauchi Legends 3D)と,VR(virtual reality)版シミュレーションソフト(Kawauchi Legends VR)を用いた実習を行った。3D版では自身のアバターをPC上の仮想空間で操作し,web会議ツールを併用して災害時の原則(CSCATTT)に準じた演習を行った。VR版ではヘッドセットを装着し,コントローラーを操作してメタバース上の原子力発電所構内で傷病者の対応を行う実習を実施した(Fig. 1a–c)。 Web–based training using simulation software. a: The practical training using 3D version software with web meeting application. b: The practical training with VR version software. c: Player’s view during the training with VR version software. 実習後に3D版VR版それぞれの操作性や学習できる内容についてアンケート調査を行った。ソフトに関するアンケート設問に対して,それぞれどの程度そう思うかを10点=とてもそう思う,1点=全くそう思わない,の10段階で回答を得た。アンケート結果から記述統計を行い,シミュレーションソフトを用いた教育における現状について検討した。 3D版およびVR版シミュレーションソフトを操作した感想について,両者の操作はともに比較的容易であり,web実習の満足度も比較的高かった(Table 1)。一方で,実習がこれまでの対面で行う机上演習や実動訓練に代替されるかという問に対しては,一部代替可能だが完全ではないことが明らかとなった(Q1–4, Q1–5, Q2–4, Q2–5)。3D版,VR版ともに知識や技術が備わったと実感しており(Q1–3, Q2–3),楽しみながら学習することができ,満足度の高いweb実習であった(Q1–2, Q1–6, Q2–2, Q2–6)。 3D版とVR版では学習できる内容についてそれぞれ一長一短があり,両者を使い分けることで効率的に学ぶことができると考えられる。学習において“楽しい”と思えることは重要であり,今回の実習では3D版,VR版ともに楽しさを実感し,実習の満足度も高かった。しかし,実際の机上演習や実動訓練をすべてこのweb実習で代替できるわけではなく,web実習の限界も明らかになった。資機材準備の労力や使用方法(テント設営など)の実技上のコツと課題をwebで体験することは難しく,それらは対面式の訓練に代替する手段がないのが現状である。一方で,原子力発電所構内のように環境放射線量が高く,薄暗くて狭い特殊な環境での訓練は,健康・安全管理の面から対面式訓練の実現は困難である。そのような特殊環境での活動を事前にVR版を用いて疑似体験しておくことで,実際に発災した際の活動を円滑化できる可能性があると考えられる。今回は大学院生という基礎知識や意欲の比較的高い集団が対象であったが,今後は対象を原子力災害拠点病院などの医療従事者に拡大し,セミナー数と参加者数の双方を増加させることでより客観性の高い評価を行い,それを実習内容に反映することで満足度と達成度の双方を担保した質の高い教育機会を提供していきたい。また,代替可能な訓練をweb実習化し対面前に履修することで,対面実習の質・時間の効率化・最適化を図っていきたい。 3D版,VR版原子力災害対応訓練用シミュレーションソフトを対面実習と併用することで,対面実習では経験不可能な環境における活動の疑似体験が可能となった。本ソフトにより多くの災害対応者が特殊災害に対する“活動への自信”を備えるきっかけになる可能性がある。 長谷川は大学等の「復興知」を活用した人材育成基盤構築事業(2020~2022年度)およびふくしま国際医療科学センター拠点プロジェクト研究費(2022年度)より,井山は丸茂救急医学振興財団より支援を受け,本ソフトウエアの開発と運用を行った。 本事業の実務に参画いただいている福島県立医科大学の内藤和樹氏,朝倉ハルミ氏,Elena Ryzhii氏に紙面を借りて感謝申し上げたい。また読者の皆様に本ソフトを安全かつ簡便に御利用いただけるよう現在ソフトの改良を進めている。ご興味をお持ちいただいた先生方は責任著者に御連絡いただけると幸いである。